医学不要村とは

3.11で原子力発電が問題が浮き彫りになり、原子力政策から利益を受けている人たちを皮肉って原子力ムラと表現されるようになりました。

それをもじって医療から利益を得ている者たちをまとめて「イガクムラ」と命名したのが我が師匠である内海聡医師でした。

「ムラ」を辞書で引くと、「ある目的のために、大勢の人が集まっている場所」とあります。

原子力ムラにしてもイガクムラにしても、ある目的とはまぎれもなく「カネ」です。

しかし、医学不要ムラに集まる人達の目的はカネではありません。

なぜなら、私が医学不要ムラを思いついたのは、アフターコロナの日本を想像していたときのことだったからです。

私が想像したアフターコロナの日本は、経済が破綻していました。つまり、カネに価値のない世の中なのです。

経済が破綻して、国による統治が機能せず保険診療が受けられずオロオロしている人たちをよそ目に、もともと医療に対して過度な期待をしていない人たちは、いち早く自給自足のコミュニティーを形成し、後にそのコミュニティーは医学不要村と呼ばれるようになるのでした。

コロナ馬鹿騒ぎの中、マスクを外せずワクチンを待望していた者たちは、保険制度が崩壊するとたちまち死に絶えてしまいました。

顎マスクで日和見的だった者たちは日本人の特性としてフリーエネルギーや手技的な対症療法を得意とする者たち、その他ありとあらゆる分野の能力集団がそれぞれのコミュニティーを形成していきます。

次第にそれぞれのコミュニティーが得意分野を提供したりメンテナンスしたりする交易が始まるのでした。

医学不要村からは経済崩壊後間もなく食料の供給が行われたのですが、産業として確立していたものとして綿花栽培と養蚕業があります。

他のコミュニティーの栽培植物は大麻が主であり、住人の衣服も麻で作られたものを多く用いているのは、医薬品の代わりになるものとして漢方薬や大麻を必要としていたからなのです。

その一方で医学不要村の住人は薬膳的な食事はするものの、現代西洋医学と同じく対症療法でしかない漢方や大麻は必要としていません。ましてや大麻をラリるために用いることなど考えもしません。

それでも他のコミュニティーの住人から見ると、医学不要村の住人は健康そのものにみえるようで、健康を損ねた者が医学不要村を目指す医療不要ツーリズムが盛んに行われるようになると、人々は自然発生的にそのコニュニティーを「医学不要村」と呼ぶようになったのでした。

妄想は果てしないので終わりにします^^